命の終わり方

いつか必ず訪れる永別は突然来るものだよ

搬送

意識が混濁しているおばあちゃんを2階の寝室から救急車まで運び出すことになる。
階段で降りるしかないが、ストレッチャーなどを運び込めるような幅もなくどうやって救急車まで運び出すのか不安だった。

そんな時に救急隊員がおばあちゃんの使っていたタオルケットを拝借したいと言ってきた。
何に使うのか全く想像できなかったのだが了承すると、そのタオルケットにおばあちゃんを包んで階段を降りたのだ。
まるでベビースリングに包まれるようにしておばあちゃんは階下に運ばれた。
おばあちゃんの状態などを確認した上で選んだ方法だろうが、上手に運ぶものだと感心させられた。

救急車のストレッチャーに移された後、付き添う嫁の準備を急いでする。
財布や携帯電話など当座の必要品を揃えるのに精一杯で、身支度なんて殆どできない。
髪の毛を整えるなんてことは出来ないし、そんなことが気になるほどの余裕もなかった。
ノーメイクで髪の毛を逆立てた嫁の姿はドリフターズのコントに出せばバカ受けするに違いないそんな風貌だったが、状況が状況だけに敢えて指摘はしなかった。

救急隊が到着して患者を救急車に乗せた後もなかなか出発しないことが良くある。
救急隊は要救助者を受け入れてくれる病院を現場で探す。
それは受け入れ先病院との交渉のようなそんな感じなのだ。
受け入れてくれる病院が無いことには救急車も出発できない。
そのことは知っていた。
だから救急隊が来てくれたからと言って安心してはいなかった。

どこか受け入れてくれる病院は見つかるだろうか?
悪いことに今日は日曜日だ。しかも早朝。
この日時に90歳近い年寄りを受け入れてくれる酔狂な病院なんて簡単には見つからないだろうと想像していた。

ところが受け入れ病院はすぐに見つかった。
しかも有名な病院だった。
この付近では恐らく一番大きな救命救急施設のある病院だ。
運がいいと思った。
もしかしたら助かるかもしれない。
この日の朝、始めて感じることが出来た僅かな希望だった。